忌避のメカニズムについて

 多くの動物は情報を臭いから取り入れており、また有害動物の多くは高度な知能を持ち、臭いに敏感である。特定の臭いが動物の忌避行動へと繋がるのは、その臭いが鼻、口、眼の三叉神経系共通化学受容器に対する刺激作用で催涙、瞳孔の収縮、痛み感覚を生じさせることで逃避行動、つまりは忌避行動に至るものと推測されている。

 昆虫に対する忌避剤の作用は、動物に対する作用とは異なる。吸血昆虫を例にとってみると以下のように考えられている。昆虫の体表面には化学的感覚子があり、刺激物が高濃度の場合は嗅覚が、低濃度の場合は味覚が関与しており、そこで受けた刺激(情報)は中枢神経に伝達する。中枢神経はそれを、遠心神経を通して筋肉や分泌腺に伝え、昆虫の正常な活動を維持させている。昆虫における刺激の伝達機構はこのようなものであるが、忌避剤はこの過程において多種の神経細胞を同時に刺激することで情報撹乱を起こさせているものと考えられている。蚊などの吸血昆虫の場合、温血動物を感知し吸血行動を起こすには適度の炭酸ガス濃度や暖湿対流が必要とされているが、これらの昆虫に対する忌避剤には、昆虫が炭酸ガスや温湿度を感知するメカニズムを撹乱する作用があると言われている。近年の忌避剤の研究における様々な実験結果から、忌避剤は化学感覚子、熱感覚子、あるいは他の運動感覚器を妨害するといえる。一例としては、チャバネゴキブリの触角を切除すると忌避剤に対して忌避行動を示さないという報告がなされており、チャバネゴキブリの場合は触角からの情報伝達が忌避行動に深く関与していることを示唆している。また、忌避剤の作用機構については、末梢神経系の麻痺による行動異常によりもたらされる忌避効果をもつものもある。

 このように、忌避剤が昆虫に対してどのように作用するかについては研究が進められているものの、依然として推測の域を出ない部分がある。その要因としては、忌避活性を評価する際に単一成分としての活性評価に関する研究があまり盛んに為されていないことが挙げられる。つまり、混合物中の活性の要因となる成分の特定、更には成分の構造において、どの部位が忌避活性に寄与するかといった類の研究がまだまだ不十分ということである。更なる有用な忌避剤の開発の為には、電気生理学的な観点からも、構造と活性の相関性について研究を進めていくことは非常に重要である。

引用文献
林陽ほか, 動物忌避剤の開発, シーエムシー出版(1999)
特開PCT/US2007/064537 Iowa State University Research Foundation, Inc.
山本出, 農薬開発の動向-生物制御科学への展開-, シーエムシー出版(2003)